あのねっと 今号の特集テーマ 絵本のあるくらし  

 私には3人の弟と妹がいるので、子どものころ、親にじっくりと絵本を読んでもらった記憶はあまりないんです。物心ついてから自分でよく読んでいて、高校生ぐらいまで絵本を集めることを趣味のようにしていました。たとえば、安野光雅さんの『旅の絵本』は絵だけで表現されていて、それを眺めて気持ちを落ち着かせていました。また、かこさとしさんのシリーズは子どもの表情が豊かで、いまだにすぐに絵が思い浮かびます。
 3歳と1歳の娘たちと日中ずっと一緒に過ごすことのできない日には、寝る前に絵本を読むようにしています。ひざの上に座らせて体を密着させるようにして読むと、スキンシップになりますし、離れていた寂しさを補うというか、子どもにとって安心できる時間になっていることを感じます。
 小さいうちはふれあいの時間をなるべく増やしたいので、医師の仕事は出産前のようにフルタイムではしていません。音楽の仕事も、地方の場合は子どもを連れて行き、おんぶや抱っこをしたままリハーサルをすることもあります。子どもとのふれあいは、時間ではなく濃密さという考え方もありますが、親と一緒にいるだけで子どもが落ち着くこともあるので、ある程度の「絶対時間」を持ちたいですね。そして、子どものちょっとした変化を味わう余裕を持って育てられたらと思っています。
 幼いうちから強烈なメッセージだけをキャッチするような五感が身についてしまうと、本当のメッセージが聞き取れなくなってしまうので、過度に演出されることの多いテレビはあまり見せていません。私自身、あらゆる芸術やメディア、そして食べ物も「淡い味」が好き。そういうものの中にこそ、本当のメッセージが入っている気がします。
 絵本を読んでいると、上の子は内容をよく聞いている様子がわかります。下の子は、他のことに気持ちが移ることもありますが、絵を覚えていたり、言葉を反復しようとしたりします。年齢が小さくても、わかる・わからないにかかわらず、絵本は子どもにいい影響があるんだなと思います。
 最近、上の子は絵に迫力のある絵本が好きで、特に気に入っているのは『まゆとおに』。鬼が女の子を釜ゆでにして食べようとする物語で、鬼が出てくると心からおびえて泣いてしまうこともあるんですけれど…。子どもは感受性が豊かだなと思いますし、鬼は怖いものとわかるくらい知恵がついてきたんだなと感じます。下の子は『どんどこももんちゃん』のシリーズが好きで、「どんどこ、どんどこ」といった言葉のくり返しが気に入っているようです。
 また、いろんな表情の顔が出てくる『かおかおどんなかお』を見ながら、親子で悲しい顔や酸っぱい顔などをしてみて楽しむこともあります。この絵本は、上の子がまだ言葉が出ないうちから見ていたんですが、年を経るごとに感情を認識して体で表現する能力がはっきりとしてくる様子を見るのは、おもしろいですね。
 いま私が本屋さんで気になっているのは、谷川俊太郎さんが文章を書かれた『とき』。ちょっと哲学的な内容のようなので、子どもに読んであげつつ私も自分をふり返ることができたら一石二鳥だなと思っています。
 絵本は、音楽と似たところがあるように感じます。音楽は、音と言葉でひとつの世界を表現していて、音と音、言葉と言葉の間にあるものを聴く人が自由に読みとります。絵本も、必要最小限の絵と濃縮された言葉で表現され、そこにある行間が子どもの想像力を引き出します。また、言葉の響きやリズム感がいいと自然に体に入ってきたり、どのように演出するかによって内容が違って聞こえたりすることも、音楽と絵本は共通しているかもしれません。
 子どもは、こちらが飽きてくるぐらい同じ絵本を何度も読んでほしがります。小さな絵本の中にひとつの世界があり、日常生活では体験できないことを疑似体験できるのも絵本の魅力。一つひとつ味わうようにくり返し読み、なおかつ好きな絵本の数が増えて、疑似体験できる世界が増えていくといいですね。選ぶときには、物語がハッピーエンドにならないことに心を傷めてしまう場合もあるので、その子の年齢と感受性に合わせることが必要なのかなと思います。
 ふたりとも、私がいいと思うのとは違う絵本を持ってくることがあり、絵や言葉の受け止め方は大人と違うんだなと感じます。親として子どもに好きになってほしいものは、まず私がおもしろがっている様子を見せるところから始めています。それで興味を示してもらえなくても強制することはできませんし、絵本に限らずこの先の人生においても、できるだけ本人から自然に出てくる志向を大事にしたい。何か心配な出来事に遭ったときにも、過干渉になるよりは自然に見届ける立場をとれるといいなと思っています。
(2009年1月7日取材)
●あん・さりー
1972年名古屋市生まれ。内科医として働きながら歌手としても活動し、2001年「Voyage」でアルバム・デビュー。2002年、医学研究のため米国ニュー・オーリンズに留学し、その間も地元ミュージシャンと音楽交流。2007年、親子の絆や生きる喜びなどを歌ったアルバム「こころうた」を発表。最新マキシシングルは「時間旅行」(共にビデオアーツ・ミュージック)。お子さんは3歳と1歳。