心のケアと虐待の予防が大切。
   子どもを保護した場合、あとのケアも重要になってくるが、その際に大事な視点は何だろうか。山田心理判定員は続ける。
 「子どもは、たとえば自分が泣いたときに親がどう対処してくれたかによって、気持ちの収め方を学習していきます。つまり、虐待を受けると、そこからゆがんだ人間関係を学んでしまうんです。それが原因となって、少年期に問題行動を起こしたり、自分が親になって子どもに接するときに、体に染み込んだ反応が出てしまうことがあります。ですから、虐待を受けた子どもをケアする場合には、親との関係を修復する前に、保護施設の職員との関わりを通 して、人間関係の再学習ができるような配慮が必要になります」
 ケアの現状について、熊田弁護士はこう考える。
 「心的な外傷を負った子どもをケアし、自立を支援するための人的・物的システムが不十分だと思いますね。ですから、2003年をめどとした児童虐待防止法の見直しに向けて、弁護士会の子どもの権利に関する委員会で調査を行い、必要な提言をしていきたい。また、臨床心理士や精神科医・ソーシャルワーカーの方々とネットワークを結んで、少しでもケアに結びつけられる協力体制をつくり、その中でコーディネーター役を果 たせたらと思います」
 虐待から子どもを守るためには早期発見が重要で、それには発見者の協力が欠かせない。が、「他人が口を出すことではないのでは」「もし虐待でなかったら」と、連絡をためらう気持ちもあるだろう。それについて熊田弁護士はきっぱりと言う。
 「児童虐待防止法には、虐待を発見した場合の通 告義務と、通告者を特定する情報を漏らしてはいけないこと(児童相談所職員の守秘義務)が明示されています。もちろん、結果 的に虐待ではないと判断されても、通告者がとがめられることはありません」
 愛知県では、子ども虐待だけでなく、子どもの発達や障害・非行なども含めた相談窓口として、各児童相談所に加えて「子ども・家庭110番」(※4)や「子ども相談ホームページ」(※5)も開設している。
 「相談内容の複雑さから、すぐに解決につながるアドバイスができるとは限りません。そういう場合でも、相談者がどこかに連絡をくれているうちは最悪の事態は防げる、という気持ちで、次の相談につながることを最優先するような接し方をしたいと思っています」と山田心理判定員。
しつけの原点にもどり、
わが子をゆったり見守ろう。
   もし今、しつけに不安を感じているとしたら、こんな視点で見直すことも必要かもしれない。熊田弁護士は言う。
 「どこまでがしつけでどこからが虐待かという点のみに、目が行き過ぎているのではないでしょうか。しつけの本質は、自分が子どもに何を伝えたいか、それをどのような方法で伝えるかだと思います。子どものためと思ってしていても、本当はそうではないこともあるのではないか。叩かないとしつけはできないのか。子どもを型にはめることをしつけと思い込み、思いどおりにならずにストレスをためている面 もあるかもしれませんね」
 ストレスをためない方法について、熊田弁護士は自身の経験もふまえて語る。
 「カッとして子どもに手をあげてしまっても、『しまった』と思えればいいのではないでしょうか。あとでくよくよ悩むより、『ごめんね』と言える関係をつくる方がいいし、子どもは利口なので親の気持ちがわかると思います。子どもとずっと顔を突き合わせていれば、イライラするときもありますから、自分の負担にならない方法で親子とも社会との接点をもち、家族関係の風通 しをよくしておく。そうすれば、親も子も必然的にゆったりしてくるのではないでしょうか。そして、子どもがかわいいなと思ったら、それを楽しむ気持ちが大事だと思いますね」
 親に対する日頃のサポートについて、児童相談所ではどのような姿勢でのぞんでいるのだろうか。
 「虐待は、社会的に孤立して誰にも助けを求められない状況で起きるので、まずは親を孤立させないことですね。それと同時に、追いつめないこと。こちらが支援と思って手を差しのべても、生活で手一杯だと、新たな介入をわずらわしく感じ、逆効果 になってしまう場合があります。だから、子育てのハードルを低くして、お母さんの負担を減らしていくという視点で支援することが大事です」と山田心理判定員。
 また、子育てについてアドバイスをするとしたら何だろうか。
 「子どもは、親がいつも目をかけていなくても、1日のうち10分でも向き合って抱きしめてもらえれば、けっこう頑張れるものだと思います。ですから、ときには子どものことを頭から切り離して、自分の時間や夫婦だけの時間をもつことも必要だと思いますね。
 また、子育てが不安になるのは、子どもの行く末を案じるがゆえに、その子の能力からかけ離れた課題を次から次へとつくり、それができない子どもに怒りを感じている部分もあるようです。今を良しとして、子どもが生き生きとしている場面 に目を向ければ、子どもをほめるチャンスが増え、親子のコミュニケーションもとれるはず。そうすれば子どもは満足し、お母さんも肩の力が抜けるのではないでしょうか」


(取材日/2001年12月4日・11日)
 
※1 「少年犯罪の背景・要因と教育改革を考える」(日本弁護士連合会調査)
罪を犯した少年や保護者など計約2000人を対象に行った調査。調査結果 によると、幼少時に親が厳しくしつけたつもりでも、子どもがそれを「虐待」と受け止めると、成長してから金を脅し取ったり激しい暴行に走るなどの非行を繰り返す傾向が強いことがわかった。こうした認識のずれがあったケースでは、「問題行動」を繰り返した少年が約75%に達した。

※2 児童相談所
 愛知県内には、名古屋市所管の名古屋市児童相談所と、愛知県所管の中央・一宮・津島・半田・岡崎・刈谷・豊田・豊橋の8児童相談所があり、18歳未満の子どもについてのあらゆる相談に対応する。主に親などのさまざまな相談に対応するサービス機能とともに、虐待があった場合などに行政権限で子どもを保護する役割をもつ。14歳未満の子どもが法を犯して警察から連絡があった場合には、問題の背景を調査して親子の指導にあたる。また、家庭に代わる子どもの生活の場となる乳児院・児童養護施設などの児童福祉施設に子どもを入所させるほか、里親への委託も行っている。専門スタッフとして児童福祉司・心理判定員・精神科医師などが常勤し、子ども虐待が起きたときなどにはチームを組んで対応する。
【中央児童相談所】名古屋市中区正木1-4-3  TEL 052(322)1051 (地方機関再編により2002年4月1日から
【愛知県中央児童・障害者相談センター】名古屋市中区三の丸2-6-1(三の丸庁舎内)に移転予定)

※3 児童虐待対応弁護士
 愛知県が2000年度から尾張・三河各地区に1名ずつ配置。熊田弁護士は尾張地区の4つの児童相談所を担当し、月1回の定例相談および随時相談に応じている。具体的には、子どもを一時保護する場合の立ち合いや、親の意に反して子どもを児童福祉施設に入所させる場合に必要な、家庭裁判所の許可を得るための調査・情報収集に関するアドバイスを行う。また、危機児童・家庭サポートチームに参加したり、保護者と対立した場合の対応策を助言したりもする。

※4 子ども・家庭110番
 TEL 052(332)4152
 月曜日〜金曜日 午前9時〜午後5時。
 通常の相談スタッフに加えて、専門的な相談に備えた「子ども専門家チーム」があり、弁護士、精神科医師、教育学・心理学の専門家が電話相談を受けている。

※5 子ども相談ホームページ
 http://www.pref.aichi.jp/jiso/
 電子メールによる相談や自由な書き込み、情報提供ができる。