ケース3
習いごとを始めるのに、子どもの心と体の成長に合った適正な時期を知りたい。また、小学校で英語が導入されるそうだが、入学までに習っておいた方がいいの?
「ピアノは3歳から」って、本当?
編集部  ケース3のように、ピアノや英語などを習い始めるのは何歳ぐらいがいいのでしょうか。

林先生  松本さんのお子さんは、ピアノは何歳から始められたんですか?

松本さん  小学校の2年生からです。

林先生  それは賢明ですね。あるピアノの先生が書いた本によると、ピアノほど4〜5歳以下の子どもに不向きな楽器はないそうなんです。バイオリンやギターは子ども用があるんだけれど、ピアノは大きいものしかなくて力もいる。音がきれいで楽しそうだなと思ってやり始めても、自分の手に負えない楽器だとわかってくれば「やめたい」と言うのはごく自然です。体が育って自分の思うままになれば、楽しさがわかってくるんでしょうね。
 「音感は3歳で決まるからピアノは3歳から」と言われたりしますが、音感イコール、ピアノではないですからね。

松本さん  今のお話は「目からウロコ」です。3歳からやらなくてはいけないのだと気にしていました。

大薮さん  うちにピアノがあっても娘は見向きもしないんですが、今のお話を聞いて安心しました。

樋口さん  私も宣伝文句に流されつつあって、絶対音感は3歳までという意識が頭から離れないし、英語も幼い頃から始めた方が耳慣れができるとか。でも一方で、私は中学のときにいい先生に出会って英語が好きになったので、本人が興味を示して長続きしないと伸びないのかなとも思います。

松本さん  英語はそろそろ小学校でも始まりますし、英語教室がたくさんできてダイレクトメールもよく来るようになりました。私は英語が苦手なので、自分がした苦労をさせたくないし、お習字や音楽以外の可能性も考えなくてはと思います。
 でも身近に、53歳で英語を始めて80歳の今もひとりで海外旅行をしている方がいらっしゃって、教育産業が言っていることだけが本当ではないとも思います。ただ現実には、英語も読み書きや水泳と同じような状況になりそうで、勉強に遅れると学校はつらいところになってしまいますから、どうしたらいいのか本当に悩みます。

大薮さん  無理に習わせても親が日本語をしゃべっているわけですから、毎日使わないと忘れてしまうと思うんですよね。うちの子の小学校では月に1回、英語の時間があって、オーストラリア人やアメリカ人の先生が指導をされています。子どもは楽しんでいる様子ですが、英語の教室に行きたいとまでは言っていないですね。

服部さん  うちの子の小学校でも英語の時間が全学年とも年に数時間あります。英語にふれるといった程度の内容で、子どもは興味は示しています。
英語の教科ではなく「国際理解」が目的。
林先生  幼児期から意図的に英語を学ぶことが本当にメリットがあるかどうかは、まだ体系的な研究が進んでいなくてよくわからないんです。たとえば幼児期に英語圏で数年間生活しても、小学1年生のときに帰ってきて日本の学校に入ったら、3カ月ですっかり英語を忘れてしまったという例を聞いたことがあります。
 小学校の英語については、今は総合学習(※2)の中の国際理解というテーマがメインで、英語の教科ではないんです。それに、小学校で英語教育が導入されても、学校の成績がいいことと、英語圏の人と対等に意見を闘わせられることとは、全く別 物だと思います。どんなに英語が話せても、「あなたはどう思うの?」と聞かれたときに自分の考えを主張できなければ、国際人とは言えませんよね。
 私はデンマークの子育てについて研究していて、デンマークには小学校に上がるまでは文字と数字を教えてはいけないという法律があるんですが、子どもたちはよくしゃべれるしよく書けます。英語も4〜5年生ぐらいまではいっさい教えませんが、TOEFLなどの英語の国際検定では最優秀の部類に入っています。つまり、幼児期はデンマーク語とデンマーク文化、そしてある年齢から英語というように、その時期に必要なことをしっかりやることが肝心で、日本のように何でも幼児期からというのは説得力がない気がします。
 子どもは新しいことを何でもやりたがる面があって、外国語もひとつ覚えるとしゃべりたがります。もし、そういう興味が出てきて「これはなんて言うの?」と聞かれたら、わかる範囲で教えてあげればいいのではないでしょうか。

服部さん  子どもが2歳頃になると親も少し手があくし、子どもも好奇心旺盛でできることが増えるので、親の方が習いごとにはまってしまうのかもしれませんね。

松本さん  親が悩むのは、まわりの情報や環境にとらわれているときなので、迷ったら本当は目の前の子どもに立ち返ればいいんだろうなと思うし、すぐに結論を出さなくてもいい場合の方が多いのかなと思います。

林先生  早期教育については、今のところ確固とした一般論や原則は見あたりませんが、少なくとも言えるのは、幼児のうちは友だちと遊ぶ時間を削ってまで、習いごとや早期教育をやるのはおすすめできないということです。それに小学校の中学年以上であれば、家のお手伝いを全然しないのに習いごとはいっぱいというのは、違うのではないかということですね。家のお手伝いをすることで、家庭の中に自分の役割があることを知ったり、家族の期待に応えられる心地よさを感じることも、人格をつくっていくときには大事ですから。
 子どもはまず体をつくり、それから感情を豊かにすることが必要で、知的なものはその上に成り立つことなんです。だから、体づくりや感情より先に知的なことを系統的に教えるのは、細い足場に大きな積み木をのせるようなもので、バランスが悪くてくずれやすいと思います。親は子どもによかれと思って先取りしてしまったりするんですが、それは親側のモノサシであって、本当に子どもが楽しいかどうか、納得した感じをもてているかどうかは、距離をおいて見てみる必要があると思いますね。

(実施日/2001年6月17日)

※2 総合学習(総合的な学習の時間)とは
全国の小・中・高校において、2002年度からの全面実施に向けて2000年度から開始。子どもの主体性を育むために設置され、従来の教科学習と違い、「国際理解」「情報」「環境」「福祉・健康」などの課題をはじめ、子どもの興味や地域・学校の特色に応じた課題について学習や活動を行う。。