あのねっと 今号の特集テーマ 子育てに、よろこびを感じるとき  
この人と、あのねっと時間

 僕が八ヶ岳に引っ越した一番の理由は、子どもを育てる自信がなかったことです。まだ若造のこれっぽっちの人間が、子どもにどれだけ教えられるのか疑問だったので、僕自身の経験を思い出し、いろんな生きものや自然に育ててもらおうと思ったんですね。
 僕は子どものころから虫が大好きで、いろんな虫を捕まえては飼っていました。すぐに死んでしまうのにと大人なら思う虫でも、祖父母や親は、僕が飼いたいものを全部、好きなように飼わせてくれたんです。それは、僕にとってすごくワクワクすることだったし、こうして園芸家への道につながり、生きものの話ができるようになった。僕の手の中で死んだ何百何千という生きものが、僕を育ててくれたんですね。
 そんな体験ができるのが里山だとしたら、里山はとても大事な環境なんですが、今はほとんどない。それで八ヶ岳に来たんですが、「里山園芸」を始めて感じたのは、庭やベランダの鉢植えの中にも里山はあるということ。たとえば「なんで今年は虫が多いの?」という疑問から、「これが地球温暖化か」と気づくこともできる。世界がよく見える窓は、小さいけれども足元にこそあり、子育てにつながる大事な初めの一歩もそこにある気がするんですよね。
 いくら言葉で命が大事と言っても、それを実感する瞬間は、命が生まれるときとなくなるときしかないと思います。自分の子どもが生まれたときは、最も命を感じるときですよね。人間の死にはそんなに出会わないから、ペットと園芸は死を看取ることのできる貴重なものです。花を育てることは、枯らしてしまうということなのに、なぜOKなのかと言えば、きれいだなと思ったり、枯れて悲しいと感じたときに心が育つから。人の心が主役ですから、失敗もOKというのが僕の園芸。子育ても園芸に似ていて、立派に大きく咲かせることだけが目的ではないと思います。
 親は、子どもが何にワクワクするのかに関心を持っていればいいんじゃないでしょうか。そして、飼いたいものを飼わせてあげる。今わが家では、カブトムシやクワガタはもちろん、カマキリ、バッタ、セミ、そしてカナヘビというトカゲも飼っています。実は、そのカナヘビが卵を産んで、その卵がかえったんですね。一番上の子がそれを夏休みの自由研究にしたんですが、カナヘビの誕生には親も感激しましたよ。
 子どもの興味は4人それぞれで、花や虫が好きな子もいれば、外で素振りをする野球少年もいます。ワクワクすることが何かひとつあれば、そこから広がっていくと思います。したいことをさせたほうがいいので、4人ともピアノ・水泳・英会話など好きな習いごとをさせていますが、全部送り迎えが必要でカミさんが大変なので、できればやってほしくないんだよね(笑)。
 子どもにやりたいことをやらせてあげたいけれども、親として「こうなってほしい」と思うのも当然のことですよね。親も子どもに求める気持ちをがまんせず、自然にしたほうがいいし、葛藤や迷いがあるからこそ親も成長する。それで、もし子どもが親の気持ちを背負ってしまっても、それは子ども自身が乗り越えるべきこと。そもそも子どもは、親も住む場所も日本人であることも選べないという意味では、いろいろ背負っている。
 僕も、役者の子であることを乗り越えられなかった小学生時代は、いじめられっ子だったけど、役者の子でいいじゃないかと思えた瞬間に生まれ変われて、足まで速くなったり、もてるようになったり(笑)。自信って、不思議なもんだなと思います。飼いたい虫を飼わせてもらえたことが救いになったし、乗り越えるベースになりました。
 そういう意味でも、子どもがワクワクできる環境を用意してあげることが、親の役割だと思います。それは親のエゴでもいいと思うんです。本を読ませたいのであれば、読みたくなるように本を用意してあげればいい。ただ、その先はちょっとわからない。僕も、子どもたちが雑木林の手入れを楽しんでくれるような仕掛けはしますが、うまくいかないこともありますから。
 最近、幼稚園や学校で話をすることが多いんですが、生きもののある暮らしの楽しさを多くの子どもに伝えることが、僕がこれからやりたいことのひとつです。大人がみんな、それぞれの得意技を自慢することが、子どものワクワクにつながるのではないでしょうか。
(2008年8月1日取材)
●やぎゅう・しんご
1968年東京都生まれ。玉川大学農学部卒業後、3年間生産農家で園芸修業し、「里山園芸」の出発点に。1989年、小学生時代から父で俳優の柳生博氏とともに八ヶ岳南麓につくってきた雑木林を一般開放し、ギャラリーとレストランを併設した「八ヶ岳倶楽部」を親子で開業。NHK「趣味の園芸」などのメインキャスターも担当。著書に「柳生真吾の、家族の里山園芸」(講談社)など。お子さんは中学3年、小学5年、3年、1年の4人。