PROFILE           
久田 恵 (ひさだ めぐみ)

1947年、北海道生まれ。ノンフィク
ション作家。上智大学文学部中退。
放送ライター・女性誌ライターなど
を経て、1990年『フィリピーナを愛
した男たち』で第21回大宅壮一ノン
フィクション賞受賞。男と女のあり
よう、親と子の関係、家族、老いな
どをテーマに独自の視点から優れた
作品を生み出している。主な著書に
『母親が仕事を持つとき』『息子の
思春期』『おんなの眼』『子別れレ
ッスン』(共著)など。

値観と現実のギャップが
母親を追いつめる。
子どもを虐待する今の若い母親が「自分がこんな目にあうのは子どものせい」と思う気持ち、多少わかる気がするんです。彼女たちはいい成績をとるように幼い頃から刷り込まれ、仕事で自己実現することのみに高い価値をおいて、20代でけっこう活躍して期待される。でも30歳を過ぎると、周囲の期待は「早く結婚しろ」にがらりと変わってしまう。
 それで結婚し、出産を契機に仕事をやめるんだけど、それまでの価値観は簡単にはくずれないから、家事や子育てをするのが辛い。親や夫だけじゃなく、子どもの健診に行くと保健婦さんにも「ちゃんと食べさせてるの?」とか責められ、子育てという場面では「無能な女」にされるの。思いあまって、健診の帰りに子どもを殴るケースが多いそうです。
 育児雑誌も「子育ては楽しい」というメッセージがなくなり、子育ての大変さに対する怒りの貯蔵庫のような感じで、それでは子育ての文化は豊かに育っていかないですね。  そういう背景を考えると、子ども虐待はこれからも増えていくと思うし、単純に母親だけを批判することもできない。夫もまわりの人も共同責任として配慮しないと解決できない。今はただ、虐待は子どもの将来に傷を残すし、自分自身も苦しむから「こらえろ」と言うしかない側面があります。
りない生身の子への関心や対応。
苦境から逃げるのもひとつの手。
 若い女の子たちの「何かになりたい」という自尊心のあり方は正しいんだけど、一方でドメスティック(家庭的)なことに侮蔑的なのね。子育てと仕事のどちらに価値があるのかという問題ではないし、子どもが育っていくプロセスって面白いのに、私の「個」を浸食していくものという方に偏って、好奇心が持てない。産む前から「こんな子がいい」というイメージが先行して、生身の赤ちゃんはそれと全然違うから腹を立てる傾向があるみたい。
 インテリの親ほど、幼児にまで自立を押しつけるらしいんだけど、幼児は依存しながら少しずつ自立する力を蓄えていくわけだから、それは過酷すぎる。そうなると子どもは親にものを聞かなくなり、成績さえ良ければ認められるから勉強することで自己防衛する。大学に入るまではそれで通用するんだけど、実は全然自立できてない。社会人になって、ささいなことを人に聞けずに挫折する人もいる。家に引きこもる人の取材をするとその状況がよくわかる。
 昔は自然に学んでいける地域社会があったけど、今は全部親がサポートしなくちゃいけなくなった。子ども虐待も、昔は隣に可愛がってくれるおばちゃんがいたりして救われたけど、今は殴られた子は殴られっぱなしで誰からも癒してもらえない。賢く知恵を巡らせないと、まともに子どもが育たない時代ですね。
 虐待してしまいそうなお母さんは、子どもを保育園に預けて働いてみるのもいいかもしれない。マイナス面を克服する努力をするんじゃなくて、逃げる方法もあるということ。いったん子どもと離れてゆとりを持てば可愛く思えてくるし、保育園なら親同士のネットワークもでき、0歳から就学前の子までいるから、子育ての道筋が見えてラクな面もあるのね。
ーカス生活で、私は子育て、
息子は集中力を身につけた。
 私は働くシングルマザーで、子どもに手をかけられない母親だったから、それをプラスに転じようと言葉を大事にしてきたのね。寂しがる息子に「いっぱい会えない時間があるから、いま会えてすごく嬉しいんだね」とか(笑)。子どもは理解できなくても「なんか、いいことみたい」という気分になる。子どもがグジグジ言ったときには「どうして?」「何がいやなの?」と誘導して、不愉快な理由を子ども自身に言葉化させて納得させたり。
 うちの息子は、偏食を直すために給食を無理強いされたのが苦痛で、4歳のときに保育園に行きたがらなくなったの。そうなると私は会社に行けず母子家庭はお手上げ。つくづく都会生活がイヤになって「人生を変えたい!」なんて言ってたら、友だちが「サーカスにでも行かなきゃ変わらない」って。「それだ!」と思ってすぐサーカスに電話して、子連れで行くと言ったら喜ばれた。それで小学校に入るまで1年間、サーカス団の炊事係をやってたんです。
 サーカスは昔の地域社会。そこで子育ての原理・原則を学んだの。子どもたちはお腹がすくとやってきて、「1列に並んで」と言って塩おにぎりを作って渡すと、それを持ってまた散っていく。あとは夕方まで帰らないから手のかからないこと!(笑)子どもが何をやってるかは子どもの秘密で、大人は見てるんだけど干渉しないから、のびのびと自立的に育つよね。
 サーカスで思いっきり遊んだおかげで、息子はエネルギーの出し方を覚えて、小学校1年生のときキックベースをやったら、先生たちが「命がけで遊ぶ子を久しぶりに見た」って(笑)。そういう集中力は、高校中退後の大検の受験勉強とかにも生かされたと思う。子育ては、何をおいても子どもの生命力をそがないことが大事。今の環境は子どものエネルギーを奪うように機能しちゃってるから、せめて親はそのエネルギーを奪うようなことをしちゃいけないんだと思う。
●取材日/2000年1月12日


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